東京地方裁判所 昭和46年(刑わ)5486号 判決
〔主文〕一、被告人を禁錮八月に処する。
二、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。
三、訴訟費用は被告人の負担とする。
〔理由〕(罪となるべき事実)
被告人は、昭和三九年一一月一一日大型第一種免許を、同四四年一〇月三日普通第二種免許を取得し、反覆継続的に自動車を運転している者であるが、同四五年一二月一日午前零時二〇分ころ、業務として乗客三名を乗車させた普通乗用自動車(タクシー)を運転し、福岡県北九州市小倉区田町小倉市民会館前の且過方面から大手町方面に向かう歩車道の区別のある車道幅員約一一メートルの直線コンクリート舗装道路と市庁舎建設現場入口方面(本件当時同方面へは通行できないよう柵が設置されていた。)から新大手町方面に向かう歩車道の区別のある車道幅員約15.6メートルの直線道路が直角に交差する交差点(本件交差点の中野橋側の左右の角と勝山公園側角の合計三すみに照明灯がありやや明るい。横断歩道は設置されておらず、事故現場より大手町方向横断歩道まで約81.6メートル、且過方向横断歩道まで約120.2メートルの距離がある。)を、且過方面から大手町方面に向かいセンターライン寄りの進路をとつて直進するにあたり、同所の道路は福岡県公安委員会により指定最高速度を四〇キロメートル毎時と規制され、道路標識により明示されていたのであるから、右最高速度を遵守して進行すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、約六〇キロメートル毎時の高速度で疾走した過失により、同交差点出口付近を右方から左方にかけ足で横断していた柳瀬公孝(当時五二年)を前方約二八メートルの車道右端より約三メートルの対向車線上の地点付近において発見し、急制動措置をとるとともにやや左に転把したものの間に合わず、車道左端より約三メートルの自車進路上で自車を同人に衝突させ、よつて、同人を同日午前九時四九分ころ、同県北九州市小倉区大字中井五六一番地の四小倉中井病院において、頭部打撲挫創(脳内出血)により死亡させたものである。
(証拠の標目)<略>
(速度および弁護人の無罪の主張についての補足的説明)
1、前掲実況見分調書によれば、本件現場に残されている制動痕の長さは、左輪によるもの約二四メートル、右輪によるもの約10.9メートルであるところ、本件自動車の急制動して停止した位置は、左輪による制動痕のつき終り付近を左後輪の停止位置とし、前輪はそれより前方に停止している。ところで通常前輪の制動痕と後輪の制動痕が一直線に進行して一条になつている場合その制動痕は前輪の制動痕を最前端とし後輪の制動痕を最後端とするので前車軸と後車軸との距離(ホイルベース)を引き去つた点が後車輪の停止点になるわけで、従つて本来の制動距離に相当する制動痕の長さは後車輪の停止点から制動痕の最後端までということになるわけである。しかし本件においては前記のとおり、左輪により制動痕のつき終り付近に左後輪があるわけであり制動痕の長さを決定するに際しホイルベースを単純に全部差し引くことは正しくないと考える。従つて、(路面の摩擦係数を0.75とした場合。交通事件執務提要二〇五頁、一六三頁)ということになる。
2、道路交通法は、交通整理の行なわれていない交差点又はその直近において横断歩行者がいる場合にはその横断を妨げてはならないとしている(同法三八条の二)のであつて、交通整理の行なわれていない交差点での横断歩行者のありうることを予見して、その有無、動静を注視して、減速・停止、警音器による警告等衝突回避の措置をとることが要求されており、他方同法一三条一項は、歩行者に対し車両の直前又は直後の横断を禁止している。
ところで、本件車道幅員は約一一メートルあり、被害者は右から左へ約八メートル位横断して衝突していること、歩行者が通過車の直後を直ちに横断し始めるにしてもその間一、二秒の間隔はあること(前掲提要三〇四頁)、被害者がかなり速く走つて横断していたとしても五二才の男子が一一メートルの間を走るには二、三秒はすくなくても要するものと推認されること、小島正照は検察官に対する供述調書で、「車がほぼ右折態勢に入つて交叉点内を右折して行きつつあるころ位でした、この車の通り過ぎた後方を勝山公園の角の歩道付近から一生懸命走り出て来た人の姿を発見した。この人は実況見分調書の図面の③のように右から左に横断する状態にあつた。」と供述しており、これらの点と右折車の速度、被告人車の速度、右折車と被告人車の間隔等を総合すると、自動車運転者が法定の規制速度を遵守していても被害者との衝突を全く回避できないような接近した状況下で、被害者が右折車の直後を飛び出しその運転車両の進路上に出て来たという状況ではないことが認められるのである。
(法令の適用)<略> (朝岡智幸)